前稿では、近年急速に注目を集めている国内のeスポーツの歴史と市場について考察してきた。本稿では、eスポーツにおける日本と海外市場の背景の違い、オリンピック競技への可能性、そしてeスポーツ普及の課題ついて考察していく。

 

  1. eスポーツって何?(前稿)
  2. eスポーツの歴史と普及(前稿)
  3. eスポーツの市場に迫ってみる(前稿)
  4. 世界と日本のeスポーツ市場の違い
  5. eスポーツがオリンピックの種目になる?
  6. eスポーツ普及の課題

 

4.世界と日本のeスポーツ市場の違い

eスポーツというと聞こえはいいが、「所詮はゲーム」「eスポーツのどこが『スポーツ』なんだよ」と考えるも読者もいると思う。「e」ではないのだが、じつはそのような前例が無くはない。
ボードゲームとして世界中で歴史と人気のあるチェス。高度な頭脳戦であることから、ロシアではチェスはゲームではなくスポーツとして扱われている。言うなれば、学校にチェス部があったら、体育会系・運動部として認識されているのである。
筆者の友人の在日ロシア人に「チェスはなんでスポーツなのか?」と聞いたら「知らん」との暖かい回答を得たので、仕方なく自分で調べてみた。

 

 

話はものすごく飛躍するのだが、旧ソ連成立時の革命指導者であったウラジーミル・レーニンの発言に「チェスは頭の運動」という一節がある。これはソ連の社会主義プロパガンダのスローガンにもなっていた。
頭のスポーツとして捉えられているチェスの、そのルールと制度は世界共通である。チェスの世界には、連盟であるFIDE(フランス語のFédération Internationale des Échecの頭文字。英語表記はWorld Chess Federationで、185か国が参加している)が存在している。そしてFIDEは「あの」IOC(国際オリンピック委員会)とUNESCO(国際連合教育科学文化機関)から、スポーツ国際組織としての承認を受けているのだ。FIDEはスイスのローザンヌ市に本部を置いているが、実はローザンヌはオリンピックスポーツの各種団体が集まっている「聖地」なのである。世界の国連加盟数は193か国であるなか、185か国というFIDEの加盟国数は、FIFA(サッカー)の211か国(国と地域)についで二位なのである。
チェスの事例は直接eスポーツではないのだが、日本と異なり、世界では「ゲームがスポーツとして認識されている」文化がeスポーツ市場の背景にあることが、後述する「eスポーツ普及の課題」において、大切なポイントとなっているのである。

 

5.eスポーツがオリンピックの種目になる?

2016年に開催されたリオデジャネイロの夏季オリンピック。その終了後、IOCは「オリンピック・チャンネル」を立ち上げた。これは、大会開催期間以外にもオリンピックに対する注目度を維持するほか、若者のスポーツへの関心を高めることを目的として設置されたものである。
同チャンネルのエグゼクティブ・ディレクターであるイヤニス・エグザーチョス氏によると、「現在、対戦型のコンピューターゲームを競技として行うeスポーツのプレーヤーは、約2億5000万人に達すると言われており、競技人口ではオリンピックスポーツを複数合わせた規模にまでなっている」とのことである。また、「若者向けのデジタルプラットフォームとして、eスポーツ現象は無視できない」とも発言している。IOCのオリンピック・チャンネルでは、平昌大会後にeスポーツの分野をさらに深く模索したい意向を持っている。
また、IOCは2017年11月に、「eスポーツはスポーツの一つである」との認識を示している。

 

 

IOCの意向や認識のほか実際に、平昌冬期オリンピック開会式の2日前に、史上初となる「IOC公認の」eスポーツ大会が開催されている。その大会では世界規模の人気ゲーム「スタークラフト2」が競技種目として選ばれている。この大会はeスポーツの歴史の転換期であるとともに、オリンピックの正式種目としての採用に向けた大きな一歩になった。
このゲームプレイヤーたちが宿泊したのは、オリンピックのアスリートが宿泊しているのと同じホテルであった。また、eスポーツ大会「リーグ・オブ・レジェンド」の選手5人が平昌オリンピックの聖火ランナーを務めており、競技としてのeスポーツゲームがオリンピックにつながっていく期待感を表している。
このように、eスポーツは現在まだオリンピック種目ではないが、正式種目への採用の気運は確実に高まっているのである。
ただし、日本でそうであるように、既存の保守派からはこのような動向に懐疑的な声もある。当のIOCの会長であるトーマス・バッハ氏もその懐疑的な立場の一人であり、「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」の取材に対して「われわれは人々の間に非差別、非暴力、そして平和を広めたいと思っています。暴力や爆発や殺戮に満ちたゲームは、この方針に合わないのです」とも語っている。だが同時に、サッカーゲームのようなスポーツゲームについては、将来オリンピックの競技となるかもしれないとも語っているのである。

 

6.eスポーツ普及の課題

日本においてeスポーツがまだまだ普及していないことについては、前述のとおりである。それでは、普及のためにはどういう施策をとる必要があるのだろうか。ここで改めてeスポーツの定義を持ち出してみる。eスポーツは、

「スポーツの試合を観戦するように」
「賞金を前提とした」
「プロのゲームプレイヤー同士の」

という要素を持つ対戦競技のことである。さらに、プロのゲームプレイヤー等の出場者によって競われる大会を、主催者やスポンサーのプロモーションの場として提供し、収益化を図る「ビジネスモデル」であると書いた。つまり、「面白い対戦ゲーム」をリリースすれば普及していくという単純な図式ではなく、ゲームの周辺的環境が普及のカギになっているのである。
そして結論から言ってしまうと、eスポーツ普及の課題、ポイントは、ズバリ「賞金」である。アメリカや韓国、中国などのeスポーツ先進国では、賞金総額が日本円にして一億円という大会も珍しくない。つまりそれだけのスポンサーがついており、スポンサーはそれだけの金額を投じてもeスポーツがプロモーションの場として有望であると踏んでいるのだ。そして高額賞金に惹かれてプロゲーマーの層も厚くなり、層が熱くなれば市場として活性化、そこにはスポンサーの投資が・・・という好循環の図式がある。

 

 

対して日本では、景表法という法律が市場の拡大を阻害している。正式名称は「不当景品類及び不当表示防止法」である。日本ではeスポーツ大会での賞金が、この景表法によって、ゲーム会社自身が自社の販売するゲーム大会に賞金を提供することが規制されているのである。具体的には「10万円を上限として商品価額の20倍」を超える賞金の提供が禁止されている。これではプロゲーマーが育つはずもなく、プロモーション市場として成立するはずもない。

じつは日本におけるeスポーツ史には、黒歴史とも呼べる、ある「事件」が起こっている。2016年には、当時人気絶頂のスマホゲーム「モンスターストライク」の大会が開催されたが、このときの優勝賞金が2000万円であった。また同時期に、賞金総額が5000万円となるゲーム大会も開催された。このとき消費者庁が、ゲーム会社による大会への賞金拠出は原則的に景表法の定める「顧客誘引の手段」にあたると通告をしたのであった。そして、「10万円を上限として元取引価額の20倍」以内の景品規制がeスポーツの大会にも適用されるとの判断をしたのである。
この行政判断が、日本のeスポーツ市場において急速にその熱を失わせた要因となっている。

だが業界も黙ってただそれに従っていたわけではなかった。業界団体である日本eスポーツ連合(JeSU)も、この法律がeスポーツ普及の最大の壁であることを承知しており、プロ認定制度を提唱している。これは、ゲーム会社自身が高額賞金を拠出することを可能とする仕組みである。既存の業界の例でいうと、ゴルフのように「プロゴルファー」という「資格」が世の中に認定されていることで、知られているように高額賞金のゴルフ大会が(問題なく)開催されているということである。
ここでひとつの問題が再浮上する。それは「(景表法に照らし合わせて)ゲームとスポーツを同一視することが法的に・通念的に適当かどうか」ということである。これは「スポーツそのものはどの企業のものでもなく、その大会に企業が賞金を出しても自社製品に対する購入誘導にあたらない」のに対し、「ゲーム大会の賞金は自社製品に対する購入誘導にあたる」との判断が、消費者庁によって下されているからである。これを補足すると、ゲーム大会で勝利するには、説明するまでもないが、特定の企業の販売する商品の購買が必須になっているということである。

法的な問題をクリアするのは当然なのであるが、ここまでくると「法律のために法律を議論している」感がなくもない。チェスがスポーツとして市民権を得ているロシアや欧米では、日本のこのような議論は馬鹿馬鹿しいものであるかもしれない。
日本におけるeスポーツの市場は、試行錯誤を繰り返しながらその方向性を模索しているのが現状である。

Xビジネスでは、引き続きこの市場に注目していく。