東京都江戸川区に社員19名の秋東精工というプラモデルを中心とした射出成形(インジェクション)金型の設計・製作会社がある。著者が同社に取材で伺ったのは今から15年程前のこと。作業工程、海外からの問い合わせの多さ、これからのビジョンを熱心に語る柴田社長の目はひと味違っていた。一度仕上がった金型をミクロン単位で修正する最終工程、訪れた我々に軽く会釈をすると、すぐさま顕微鏡に顔を戻し作業を続けた老齢の匠、彼の真っ黒になった指先になぜか痛く感動したことを覚えている。

秋東精工は国産初のプラモデルを販売した玩具メーカーであり、「原子力潜水艦ノーチラス号」の金型を作ったのが初代社長の柴田幹雄氏である。2代目として経営のバトンを受け取った柴田忠利氏は「町工場から、エンターテイメント会社へ」「顧客の笑顔のために創る」をキーワードに経営革新を図った。置かれた経営環境は極めて厳しいものだった。国内プラモデル市場は縮小、アジア新興国の低コスト金型メーカーに押され、国内受注は減少。そんな中、同社は「国内大手メーカーからの発注待ち」という従来のスタイルから攻めの営業スタイルへと転換、「新規の販路拡大」を経営課題にWEBの刷新をきっかけに企業理念を再定義、会社ロゴ、キャッチコピーと共にCI(コーポレートアイデンティティー)を再構築した。さらに海外からの受注を想定しWEBも外国語に対応、さらには、引き合いから商談、受注、設計・金型製造、量産、納品までをトータルに管理するITを構築、「国内・海外の顧客を獲得する体制」を確立した。今では新規の受注数が大幅に増加し、映画制作会社、結婚式場、製薬会社、海外の携帯アクセサリー会社などかつては見かけなかった異業種からの受注も獲得できるようになったと言う。金型設計・製造で培ったコア技術は、外部との連携により確実に新たな業容へと進化を始めている。

 

「企業経営とは環境適応業である」と言うは易しくも、中小零細の町工場がこうした経営革新(トランスフォーメーション)を内発的に引き起こし、再生(ターンアラウンド)を成就させるのはたやすいことではない。特に長年変化のなかった(或いは自社がそう認識している)産業構造による商流の中で業を営んできた企業群は、町工場でなくとも大企業も、内発的な気づきと大胆な行動力による「環境適応」、トランスフォーメーションは極めて難しい。しかし内発的であれ、外発的であれ、トランスフォーメーション、ターンアラウンドの力学は、一見それぞれの経営環境、経営資源に依拠した個別多様の結果論に見えるかもしれないが、望ましい結果をもたらした「作用点」の軌跡を生み出す「力点」「支点」の有り様を逆算的に観察すると、意外とシンプルでいて、また大小問わず多くの企業に取り入れ可能だと筆者は考える。詳細は項目毎に別コラムに譲るが、以下、その要諦のいくつかについて簡単に触れておきたい。

 

マーケティング

ある零細企業の経営者が「マーケティングなんてカタカナでメシは食えない」と言い放った事を思い出す。そもそもマーケティングとは何なのか、市場調査の事だと思ってその必要性はない―――そんな経営者が多いのも事実である。意識の高い本サイトの読者に今さらマーケティングのいろはを説くまでもないが、マーケティングとセールスは圧倒的に違う。セールスはマーケティングのライスワンマイル、営業、「売る」事である。マーケティングがうまく機能していればセールスもうまくいく。マーケティングとは何か。市場調査の事でもなければ販促活動でもない。「売れる環境を作る」環境設計と全体最適化、管理体制の整備のことである。「売れるようにする」と「売る」の違いだ。その「全体」を構成する要素としての代表的な変数は、(1)手元にある商品(技術)、(2)売り先・売る場所、(3)価格、そして販売を促進する(4)市場とのコミュニケーション(表現)の4つである。B2C(消費財)なら分かるが、プラスチックや繊維など素材・部品を扱うB2B(資本財)にマーケティングなど無用だと考える企業は少なくない。そうした企業のWEBサイトはかろうじて会社案内の体裁のみ整え長い間更新さえされていない。故スティーブ・ジョブズが認めた世界最高の磨き屋として世界の注目を集める事になった新潟県燕市の小林研業を抱える燕商工会議所は2003年に「磨き屋シンジケート」を立ち上げた。商工会議所が窓口となって受注し受注内容に応じて得意分野を持つ職人のいる企業に発注するというしくみだ。以来、今までには登場しなかった国内大手企業のみならず海外からの発注も増え、また受注内容も多様化、個人客の小さな研磨品から工業製品まで数万から数億までの受注が入ることなる。最近では燕市の金属製品に「メイド・イン・ツバメ」という認証ブランドを刻印し世界にアピールしている。B2Bは、閉じられた業界の中で長年持ちつ持たれつでやってきたため、単純に日本のどこに、どんな匠がいるのかそもそも「知ってもらおう」とさえしていないのだ。

 

コア技術の移転、掛け合わせ

我が社の商品を「何と定義するか」で売り先も価格もコミュニケーションも、マーケティングの全てが連鎖的に変化し、相応に業績も変化する。「仁丹」と定義するか薬剤を覆う「被膜技術」とするか。経営者の発見と意思がなければ時計の針は注射針へと進化し医療業界に進出することもない。自社をフイルム屋と定義し、その背景にあるコア技術――コラーゲンなどを扱うナノテクノロジー、抗酸化、光コントロール技術――にも気づかなければ「アスタリフト」という化粧品も世に出ることはなかった。プラスチック「釣り糸」機械製造会社は、釣り糸の射出成形技術、絡まった釣り糸の素性に気づかなければ、浅田真央選手で有名になった「エアウィーブ」も、120億円(2015年)の売上もなかった。自社の定義によって、事業はいかようにも変化する。自社は何屋であるのか?自社が手がける商品や製品が由来する根本的な要素(コア技術)は何か、別の何かに移転できないか、それは別の技術と掛け合わせられないか、革新とは移転と掛け合わせの妙である。貴社は本当に「花札屋」なのか、再度問い直すべきである。

 

バンドリング、アンバンドリング

金融、ファイナンスの文脈の方が多くの読者の耳目に触れているかもしれないが、バンドリング(Bundling)、アンバンドリング(Unbundling)という言葉がある。2008-2009年の世界金融危機の根源となったサブプライムローンの組み入れられたCDS(クレジット・デフォルト・スワップ=合成債務担保証券)が悪名高い事例であるが、本来的には、前者は全体を独立した単一要素に分解することで、逆に後者はいくつかの要素を複合的に合成することである。例えば、創業以来、長年トイ・ラジコン、ホビー・ラジコンを作るある国内メーカーは、ホビー・ラジコンで鍛え上げられてきた自社の小型モーターをアンバンドリング(単品開発)し、応用範囲を他に模索する。ドローンへの搭載はもちろん自動車電装機器、移動体、精密・事務機器、家電機器、工具、車載用AV機器など、ラジコン以外のさまざまな分野の製品にバンドリング可能な汎用性と多様性を持たせ、成功した。自社の強みを見える化、単体化(アンバンドリング)し、他の要素に組み入れたり、合成したりする事によって別の価値を生み出すバンドリングは特異な技術や才能を持つ企業であれば、発想を豊かにするべきである。

バンドリング、アンバンドリングは技術の「分解と合成」に関わるものだけではない。例えば企画、設計、開発、生産、販売といった価値連鎖(バリューチェーン)における特定業務に絞り込む事をアンバンドリング、また業務を拡大することもバンドリングという。例えば電力業界における発送電分離、発電、送電、小売という一般的なバリューチェーンのうち、太陽光発電や風力発電など発電部分だけを行う(アンバンドリング)事業者も出始めた。白黒テレビ用のプラスチック部品から創業し、スマートフォンや薄型テレビなどの電子機器を受託生産するEMSへと成長、やがてシャープ買収に名乗りをあげた台湾、鴻海精密工業のバリューチェーンにおけるバンドリング戦略もダイナミックである

 

商流のシフト

東京は高輪に創業100年を超える左官工事、下請会社がある。日本の左官職人の技術はずば抜けており、その技術力や完成度の高さは、左官=Plasterの単純な日英翻訳を許さない。しかし、その匠の能力を最大限に活かす珪藻土や聚楽壁施工の需要も減り、また壁紙を始めその他低コスト素材の登場により材料価格、工事価格共に下がり、高度な技術を持った左官職人、左官工事の出番はなくなっていると言う。しかし、この左官工事会社が取った戦略は、コストコントロールの裁量を持たない下請会社という(従前の商流における)立ち位置のシフトであった。耐候性が高く、高品質の仕上材の輸入と販売を行い始めた。これを行う事により2つの効果を得る事になったのだ。1つは売り先の変化による受注要件と条件の変化。壁の仕上材を何にするか、これは建築物に持たせたい機能やデザイン、テキスチャーに関わる判断であるため、もはや意思決定者はゼネコンではない。施主であり建築デザイナーに裁量がある。同社は、従来付き合いのあったゼネコンを通じて、さらに独自で建築デザイナーにアプローチする事で、商流(バリューチェーン)の上流に自社を押上げ、発注要件と条件を変化させ、改善させた。2つめの効果は、工事価格のブラックボックス化である。材料と工事を一緒に受注することにより、高くなる工事価格を「材工価格」としてパッケージ化できた。いわば材料と工事のバンドリングである。これにより利益率も上がり、また商流の変化により、住宅のみならず大型商業建築物、テーマパークの床壁面施工へと業域の拡大に成功した。