本稿は5月15日掲載の「『ロシア語』『ロシア』」というトリモチを世の中で振り回したら」の続きである。(世の中には何事も締切と言うものが存在する・・・)
 

ロシア語で働くということ:続編


前回、「現在のロシア語・ロシアのビッグウェーブは、2016年に開催された日露首脳会談と、2020年の東京オリンピックである」と記した。ではビッグウェーブが来たとき以外はどうであるのだろうか。

人の集まる大都市という括りではなく、日本国内で「地理的なロシア語環境」を考察すると、ロシアとの相対距離から、北海道と日本海沿岸地域がその環境に該当する。実際にこれらの地域では、防貿易や漁業、ときに軍事的な意味合いも含めて、ロシア人と接する機会が日本国内の他地域に比べて多いといえる。具体的には、北海道、北陸(新潟県、富山県、福井県、石川県)、山陰(鳥取県、島根県)などである。これらの地域では貿易や漁業などでロシアとのビジネスを行う企業があるほか、各自治体の公務員・臨時職員としての採用がある。

各自治体の採用区分一覧(一部)

全国区の求人としては、警察・自衛隊・海上保安庁・公安など、保安・国防分野などでの採用がある。
 

官庁等の採用区分一覧(一部)

語学需要の将来性は


ロシア語はじめとして、語学で働くなかの通訳・翻訳業務については、様々な要素が絡み合う。2020年の東京オリンピックに向けて業界市場の勢いがつくことは明白であるが、その「イベント」が終わった後の語学、翻訳者・通訳者の需要について考察してみたい。

通訳・翻訳の業界で一般に言われているのは、通訳・翻訳の自動化の推進である。例えば、既存の通訳システムにAI(人工知能)を組み入れた新しい通訳システムの開発は既に始まっており、今後はその実用化に向けての品質の向上が進められている。Deep Learning(深層学習:データ解析手法のひとつ)による翻訳精度の向上もそうである。また、既に実用化が図られ、製品として一般入手できるもののひとつとして、「多言語音声翻訳アプリ<ボイストラ>」がある。これはNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)による製品で、同機構の「通信分野を専門とする我が国唯一の公的研究機関として、情報通信に関する技術の研究開発を基礎から応用まで統合的な視点で推進し、同時に、大学、産業界、自治体、国内外の研究機関などと連携し、研究開発成果を広く社会へ還元し、イノベーションを創出することを目指す」活動の一環としてリリースされたものである。そのほか、医療分野で医者と患者の間に通訳者を挟まなくとも治療を進めることができる「医療向け多言語翻訳システム」が富士通などで開発されており、一般ユーザーにもgoogle翻訳などが広く利用されている。

通訳・翻訳の自動化の推進によって、一見、既存の人力による通訳・翻訳者が必要なくなっていくようにも思えるが、実はそうではない。これらのシステムが高度になればなるほど、「正確に」利用するには、逆説的な話であるが高度な通訳・翻訳技能を持った人材でなければ不可能である。通訳・翻訳結果の最終的な判断ができるのは、結局、熟練・精通した人間である。自動化システムの用いられ方が高度な現場になればなるほど、微妙なニュアンスの違いによる通訳・翻訳結果の重要性が高まることも自明の理である。よりレベルの高い、言い換えればオリンピック需要で一気に高まるであろう一旦上がった「求められるレベル」がその後に落ちていくことはない。市場が広がることで裾野(必要とされる通訳・翻訳者の数)は広がり、求められるレベルが高度になる(更なる淘汰)ことで、需要と供給のバランスは一定のレベルを保つことになる。

そもそも、メジャー・マイナーに係らず「語学とともに生きる」と決めた時点で、市場での競争とレベルの向上は不可避・不可欠の要素である。語学学習者は開き直って、通訳・翻訳の自動化の推進に惑わされることなく、自身の語学能力の研鑚に励んでほしい。(と自分に言い聞かせてみる)

ただし、一点、Xビジネス/通常のビジネスに関わらず問題提起をしておきたい。
今年の5月26日に参議院国土交通委員会にて、「通訳案内士法及び旅行業法の一部を改正する法律案」が可決・成立した。現在の旅行業界では、通訳案内士資格を持たない、無許可の、いわゆる「ヤミガイド」が黙認されており、その数は中国語、韓国語だけでも約7,000名が存在するといわれている(ハロー通訳アカデミーのホームページより)。これらの「ヤミガイド」と、それらを斡旋する旅行代理店の存在が、語学能力の研鑚に励んで資格を得た、語学生業者のパイを食い荒らしているということである。今回の法改正で、外国人観光客を案内する通訳案内士の制度が、無資格でも有償のガイドが可能となった。

 

在日ロシア人によるメイドカフェ


「ガルパン(アニメのガールズ&パンツァー)」「コスプレ」「ロシア」「メイドカフェ」「クラウドファンディング」など、Xビジネス的に美味しいキーワードを欲しいままにしている存在がある。東京は早稲田にある、在日ロシア人によるカフェ「Ita Cafe(イタカフェ)」である。

店主はロシア人女性の「ナスチャん(Настя:ナスチャ ロシア人女性名Анастасия:アナスタシヤの愛称形)」。日本で日本語学校に通っていた有名なロシア人コスプレイヤーであったが、「日本の全部が好きだから、ずっといたいの。そのために就労ビザの資格が欲しくて、始めたのよ!」ということで、日本で働くためにカフェを開くべく、クラウドファンディングで資金(目標金額20万円に対し、集まった募金はおよそ320万円)を集めてメイド喫茶意を開店したという経歴を持つ。
従業員のメイドは全員日本大好きロシア人女性、提供される料理はロシアの家庭料理で、彼女たちの家庭の味であるということだ。2016年10月の開店以来、ガルパンファンやロシア(語)好きで連日盛況となり、在日ロシア大使館も取材に訪れたほど話題となったカフェである。

そのIta Cafeに取材として行ってみた(家人を伴ったただの喫茶店利用であるが)。

店内の内装は、コスプレ撮影用なのかレンガや鎖のあるコーナーがあるなど変わっているが、ロシア風味としてはマトリョーシカやロシアの雑誌などが飾ってあるのみで、「ロシア」な雰囲気を感じるものではなかった。メニューを見ると日本語表記で、特にロシア料理の解説もない。注文の際にロシア語で話しかけても、返ってくるのは日本語であった。紅茶といくつかの料理を注文したのだが、紅茶はロシアンティーどころか、日本人なら飲みなれた市販のティーバックの煮出しを薄めたもので、アイスティーなのにぬるいものであった。料理は冷凍素材をその場で調理したようなものばかりで、素人料理の域を出なく(メイドたちは日本語学校や音楽学校の学生であり、これは仕方ないのかもしれない)、調味料は塩と胡椒だけであった。
取材を思い出し、掲載素材にしようかとチェキ写真を一緒に撮ってもらおうかとも思ったが、メイドたちロシア人女性店員は、向こうから何か話しかけてくることもなく、こちらから呼ぶまでキッチンで固まって楽しそうに話し込んでいた。
店名の「Ita Cafe(イタカフェ)」は、オタク的に「痛い」カフェであると謳っているが、「痛い」要素は特に感じることはなかった。総じて、ロシア語オタク、ロシアオタクを満足させる要素を感じないまま、会計をして退出。入店と退出時のみ、ロシア語での挨拶を受けた。

 

XなビジネスをやるからにはX魂を忘れてほしくない


店主のナスチャんは、コスプレをはじめとする日本のサブカルが大好きで、日本で働いて暮らすためにクラウドファンディングで資金を集めてこの仕事を始めた。つまりそれだけの魅力(X的な何か)を日本で感じたからこそ、こうしてお店が開店し、彼女たち自身も日本に存在しているはずである。だがその「X的な何か」を、このカフェからは感じとることができなかった。当初のコンセプトはよかったかもしれないが、路線が普通の「ビジネス」に成り変わってしまっている。実際に、ナスチャんたちが別企画で同じくクラウドファンディングによって資金を集めた「ロシア美人のビデオ発音で覚える!【ロシア語講座DVD・基本単語1000】」は、約66万円を集めて製作を進めたにもかかわらず、途中で発売が中止となっている。また別企画で写真集発刊のためのクラウドファンディングを実施しているが、地に足がついている感じがしない。

日本には「おもてなし」という言葉があり、ロシアには「гуманность-グマナスティ:人が人を思いやる、やさしい心」という言葉がある。彼女自身が日本に感じた「X」を忘れてはいないだろうか。

次はメイドさんとチェキを撮ろう(まて)。

(依藤 慎司)