現代は教育サービスが溢れている。それは、環境的な要因を多分に含んでいる、いわば世相でもあるのだが、古今東西変わらないのは「より良く生き(させ)たい」という人間の本質・願望の表れを反映したものであるということだろう。よい教育を受けたいと思うことは、不変の真理なのである。

ふと疑問に思うことはないだろうか。これから受けようとしている、いま受けている教育サービスは、本当に必要なものであるかどうかに。何をもって必要と判断するのか、そもそも学ぶとはどういうことなのか。教育サービスが世に溢れているいま、「学ぶ」ということの本質について考察していくことが本稿の目的である。

 

1.教育サービス市場の現状はこうなっている(本稿)
2.学ぶということへの「誤解」(本稿)
3.学ぶことはなんのために?たったひとつの「正解」がこれ(次稿)
4.学ぶことの本質を間違えないためのものとは(次々稿)

 

1. 教育サービスの市場の現状はこうなっている

ずいぶんと大風呂敷を広げる感もあるが、「学ぶ」ということはどういうことだろうか。「学び」という言葉は、「学習」という言葉と等しい意味で用いられることもある。一方で、「学び」は、学習よりも主体的かつ人間的な営みを含む意味合いで用いられることも多い。「学び」と対になる用語には、「教え」がある

学ぶことは、単に知識を得ることではない。ややこしい言い方であるが、「学ぶということはどういうことかを学ぶ」機会は、多くの人が自分の子供を持ったときに自覚しているだろう。学生や社会人では、後輩や部下を持った時にもそうなる。つまり、学びとは何かを知る機会は、対外的・相対的な要因によって起こるということなのである。

(太字箇所は、次稿を含む本稿全体の要となる箇所なので、どうか心に留めて頂きたい)

「学ぶ」ことには、受験に代表される「学習」と、人間的な営みを含む意味合いの「教養」の二種類がある。また、それらが合わさった領域もある。本項目1. では、学ぶということを市場として捉えて論じる。

「学習」における教育サービスのひとつとして、「お受験」の低年齢層から大学受験までを対象にした「学習塾・予備校市場」を採り上げる。矢野経済研究所発刊の「教育産業白書2017年版」によると、学習塾・予備校市場の規模推移は、前年度比0.5パーセント増の9,620億円となっている。

 

学習塾・予備校市場規模推移(億円)

出典:矢野経済研究所刊「教育産業白書2017年版」

 

当該市場は、2002年をピークに2009年まで縮小を続けていた。そして2010年から2012年までの期間に、大手のフランチャイズ事業者をはじめとする個別指導塾の伸びが市場を牽引したことで、増加の傾向に転じている。全体的には少子化の進行によって限られた顧客のパイを奪い合うという図式は変わらず、事業者間の好調・不調の明暗が分かれている。
その好調を牽引しているのが、個別指導塾である。対象は小学生から高校生、大学受験の高卒生である。個別指導塾は大教室の授業とは異なり、映像授業と個別サポートを組み合わせた学習サービスを展開している。これが部活や行事で多忙な生徒の通塾に対する利便性を高めており、業界全体で講師確保が困難な中、映像で授業を補完することでサービス拠点の増加にもつながっている。また、国の指針として小学校で2020年から英語が必須教科となることが決定しており、英語を中心に低年齢層の受講人口を増やす要因となっている。

 

個指導塾市場規模推移(億円)

出典:矢野経済研究所刊「教育産業白書2017年版」

 

学習塾・予備校市場と個別指導塾は、児童・生徒のための教育サービスである。それに対する大学生・大人向きの教育サービスとして、資格取得学校がある。ここでは自治体・行政や大学院が実施しているサービスと通信教育は除外している。また、語学については独立した市場として次項に考察する。
2016年度の資格取得学校の市場規模は、矢野経済研究所の推計で前年比1.1パーセント増の1,900億円と推定されている。2017年度においても引き続き増加傾向が続くものと予測される。

 

資格取得学校の市場規模推移(億円)

出典:矢野経済研究所刊「教育産業白書2017年版」

 

そして資格取得の雄である、語学試験市場の市場規模推移は以下のようになる。

 

語学試験市場の市場規模推移(百万円)

出典:矢野経済研究所刊「教育産業白書2017年版」

 

語学系の試験のなかでは、実用英語技能検定(いわゆる英検)と、TOEICが、知名度・受験者ともに群を抜いている。両テストの2016年度の状況は、受験者数でいうと、英検が前年度比5.2パーセント増の339万3.520人、TOEICが前年度比5.5パーセント増の260万5,190人であり、この両者で語学試験市場全体の約75パーセントを占めていることになる。背景にはいわゆるグローバル化があり、英語が事実上の世界共通語になっていること、特にTOEICは就職・転職において有利とされていることがある。余談ではあるが、国内の語学試験市場で3番目に多いのは日本語能力検定であり、2016年の受験応募者数は前年比15.5パーセント増の86万6,294人となっている。このうち3分の1以上となる59万9,554人が外国人の受験者数である。

 

2.学ぶということへの「誤解」

ここまでがひとまず、「学ぶ」ということにおいての「学習」面の市場である。ここからが本稿の本題になる。これらの市場を構成する受講者の、その学習の理由は何であろうか。即答で返ってくる答えは「必要だから」だろう。もう一段階掘り下げる。なぜその学習が必要なのだろうか。社会人であれば、「仕事に必要であるから」、「自己実現のためにその資格取得や学習が必要であるから」と答えられるであろう。逆に、社会人に比べて年齢層の低い児童・生徒・学生になると、どれだけの割合がその質問に明確に答えられるであろうか。
現実の市場を形成していることに変わりはない、この両者の違いは何であり、その違いはどこから起こるのであろうか。児童・生徒においては、「義務教育(の一環)だから」という答えがすぐに返ってくることだろう。では、同じ「学ぶ」ということにおいて、自発的な学習と、義務としての学習が存在するのは何故であろうか。その必要性と線引きは誰がどのようにして行っているのであろうか。
多くの場合、特に低年齢層であればあるほど「そんなことを考えるよりまず手を動かせ(勉強しろ)」となっていた記憶はないだろうか。その結果、すべての「学習」が、期待した・期待されたレベルに到達したであろうか。もっと端的にいえば、自由選択できる学習と、強制的に学ぶことになる学習が存在しているのは何故であろうか。

多くの人が、そこまで踏み込んで考えて日々の学習に取り組んでいる(いた)であろうか。勉強に追われて、ふと「何のためにこの勉強をやっているんだろう」と思うことは、思わないことは、学習者にとってどういう意味付けがあるのであろうか。

実はその答えは、純粋な意味において、学習者「自身」には出せないのである。それは冒頭に書いた、学びとは何かを知る機会は、対外的・相対的な要因によって起こるという理由にある。それでは、その「対外的・相対的な理由」とは何か。ヒントは本項目の見出しにある言葉「誤解」の意味にある。「誤解」という単語は、どのように日常生活のなかで用いられているのかを考えると、その答えが自ずと出てくるのである。(この稿続く)


(依藤 慎司)