【プロレスオタク】コロナ禍のプロレス論、声なき歓声の行方

 先日、唐突に「オタ活コラム」で好きに書いていいよ~、プロレスネタとかよろしく!と社内で告げられたので、仕事の一環(?)とは言いながら、思うままに筆を動かしてみました。

 本コラムでは、既に弊社随一のプロレス愛好家で観戦歴も長い加藤学氏がプロレスについて執筆している。筆者の観戦歴はまだ5年程度と短いが、2012年頃から新日本プロレスが低迷期を脱し、いわゆる「V字回復」を見せ、新たなファン層を開拓した以降のプロレスから入ったファンとしての視点で、おこがましいながら氏と意見を交わし、時に意見をぶつけ合う「紙上プロレス(この場合はWeb上プロレス?)」を繰り広げてみたいと思う。

 昨今のプロレス市場は、言わずと知れたコロナ禍の影響により有観客試合は行われているものの、入場者数は1/3程度あるいはそれ以下に抑えられ、また観戦を盛り上げる声援を上げることができない状況が続いている。

 筆者もコロナ禍にあって、後楽園ホールに数度、そして「新日本プロレス1・4(イッテンヨン)東京ドーム」にも足を運んだが、やはり声を出せない状況というのは以前とは大きな違いだ。

 その中で、筆者が愛する新日本プロレスでは、コロナ禍を通じて試合展開やレスラーの在り方に変化が生まれているように感じている。それは、ヒールレスラーが以前にも増して“わかりやすく”ヒールとして振舞っているという点だ。

 以前よりヒールレスラーの凶器攻撃・金的攻撃といった反則行為や、試合と関係ない仲間レスラーの乱入・介入はもちろんあったのだが、コロナ禍以降の試合ではその頻度が格段に上がっていると筆者は感じている。これはなぜなのか。筆者の見解を述べてみたい。

 コロナ禍により会場で声援を送れない状況では、観客は拍手しか応援する手段がない。この状況下でも拍手をもって声なき声援を精一杯送っている様子は、観客も心からプロレスを愛し何とか盛り上げていこうとする気持ちの表れだ。しかし一方でそれは、試合中のどちらのレスラーを応援しているかわからないというジレンマも生み出している。

 そこで、ヒールレスラーが以前にも増してヒールらしい動きすることで、明らかなヘイトを買い、観客の拍手は理不尽な反則行為を受けて苦しんでいる選手への応援として向けられていることをわかりやすくしているのではないだろうか。

 

 プロレスとは大雑把に言えば正義(ベビーフェイス)と悪役(ヒール)の戦いだ。その対立軸の構築には観客の歓声が欠かせなかった。ベビーフェイスには声援を、ヒールにはブーイングを。歓声を出せない状況では、このプロレスの世界観の構築を観客の声に頼ることができないため、レスラーが行動で示すウェイトが大きくなる。よって、リング上でのレスラーの表現として、以前にも増してヒールレスラーがヒールとして振舞う行動が目立つようになっているのではないかというのが筆者の見解だ。

 しかしながら、反則や乱入が横行し日常化したリングは決着の不明瞭さやを生み、観る者の消化不良や不満足感を生み出すことにも繋がる。筆者も最近の新日本プロレスではヒールレスラーによる反則・乱入行為があまりにも目立ち、正直「ワンパターン」と感じることも少なくない。

 ヒールレスラーの反則行為はここ一番で使われることによって輝く。対戦相手やレフェリーの盲点をついて一瞬の隙に繰り出される反則技はもはや芸術的ですらある。反則を「使いこなす」巧みさがあり、そしてその裏側には「反則を使わなくても十分強い」と思わせる説得力がなければ意味がない。毎度毎度同じような反則・乱入で食傷気味になっているファンが増えているのでは、ということを団体側にもぜひ認知をして頂きたい。

(横山秀彰)

関連資料:

2020 クールジャパンマーケット/オタク市場の徹底研究
https://www.yano.co.jp/market_reports/C62108100

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