「知られざるオリンピック漫画」

 1年延期となった「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」の開幕まで、1ヶ月を切りましたね。
 ご存じの通り、6/21(月)の五者協議(国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会、東京都、政府)で観客数の上限が決定し(会場定員の50%以内、かつ最大1万人)、先週末開催された日本陸上競技選手権大会でも注目の男子100mで代表内定者が決定するなど、いよいよオリンピック開催まで待ったなしという状況です。

 このオタ活コラムでは、東京オリンピックについてアレやコレや言いたいことは置いといて・・・せっかくなので「オリンピック」と「オタクコンテンツ」についてアレやコレや考えながら、大会まで密かに盛り上げていきましょう~ということでお付き合いくださいませ。

 みなさんは「オリンピック(を描いた)漫画」と聞いて、どんな作品が思い浮かびますか?
 調べてみると、スポーツを題材とした漫画の中で、プロの世界や学校(部活動)が舞台となっている作品は数あれど、オリンピックそのものが舞台となっている漫画は意外と少ないようです。

 ちなみに、こちらがスポーツ漫画の歴代トップ10です。この中でどのくらいの作品を読んだことがあるでしょうか?

 
順位 タイトル 競技 発行部数(部)
1 スラムダンク バスケット 1億2,000万
2 タッチ 野球 1億0,000万
3 はじめの一歩 ボクシング 9,600万
4 キャプテン翼 サッカー 8,000万
5 テニスの王子様 テニス 6,000万
6 H2 野球 5,500万
7 MAJOR(メジャー) 野球 5,400万
8 ハイキュー!! バレーボール 5,000万
9 ドカベン 野球 4,800万
10 DEAR BOYS(ディアボーイズ) バスケットボール 4,500万
11 シュート! サッカー 4,000万
12 ダイヤのA(エース) 野球 3,500万
13 黒子のバスケ バスケット 3,100万
14 YAWARA! 柔道 3,000万
15 弱虫ペダル 自転車 2,500万
15 行け!稲中卓球部 卓球 2,500万
 

 これらベストセラー上位作品の中では、14位の「YAWARA!」が唯一オリンピックを舞台としている漫画でした。つまり、オリンピック漫画で最も売れたのが「YAWARA!」ということになるわけです。  YAWARA!は、1986年から1993年まで「ビッグコミックスピリッツ(小学館)」で連載され、単行本の累計発行部数は3,000万部を超えています。1989年から1992年まではテレビアニメ化や映画化もされ、テレビアニメの最高視聴率は19.7%、初代オープニングテーマ曲の永井真理子「ミラクル・ガール」もヒットしたことから、ご存じの方も多いでしょう(筆者が40代ということもありますが・・・)。

 ストーリーは、類いまれな柔道の実力を持ちながら、平凡な女の子の幸せを夢見る少女「猪熊柔(いのくまやわら)」が、ソウルオリンピック(1998年)、バルセロナオリンピック(1992年)で金メダルを獲得するまでの6年間を描いた作品です。  さらに、漫画の連載、アニメの放映と同時期に主人公「猪熊柔」が戦う女子48kg以下級と同じ階級で、実際に世界を舞台に戦う田村亮子選手が登場したことも人気に拍車をかけました。作品を彷彿とさせる活躍から、まさに「リアル猪熊柔」として人気となり、「YAWARAちゃん」の愛称で当時の国民的ヒロインとなりましたね。

 一方、最新の漫画では「テルマエ・ロマエ」が代表作のヤマザキマリ氏が「グランドスピリッツ(集英社)」で2018年から連載している「オリンピア・キュワロス」があります。2021年6月現在、5巻まで発刊されており、2020年4月~11月にはアニメ化もされました(オリンピックが延期にならなければ、大会期間中の放映でした)。

 ストーリーは、雷を浴びると未来の世界の日本へと転移してしまう古代ギリシア人の青年「デメトリオス」が、古代ギリシアと戦後昭和の日本を交互に行き来し、1964年の東京オリンピックを見て様々な影響を受け、日本で体験した知識をもとに古代のオリンピック競技会を改革していきながら、アスリートとしても成長していく姿を描いています。
 本作は2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を前に、古代オリンピックに関する知識の獲得や、近代オリンピックとの違いについて考えることに繋がればという思いで描かれているとのことです。

 さてここからは、ちょいとマニアックですが(作品のファンの方、すみません)、オリンピックの代表的な競技といえば、「陸上」「水泳」「体操」ということで(強引ですが・・・)、日本代表選手も過去に数々のメダルを獲得してきたこれらの競技のオリンピック漫画を紹介します。

 まず「陸上」は、1985年~1988年に週刊少年チャンピオンで連載された「怪人ヒイロ」(怪人=ミラクルと読みます)という漫画です。
 ストーリーは、現代文明を知らない忍者「ヒイロ」が偶然に陸上のコーチと出会い、その驚異的な身体能力を買われて、陸上選手としてソウルオリンピックを目指す作品です。
 ヒイロは陸上の種目で次々と世界新記録を出し、400mリレーでもアメリカチームに勝利するなど盛り上がりを見せます。しかし連載途中、ソウルオリンピックまでまだ2年もあってネタ切れしてしまったからか、何故か突如「プロ野球編」や「格闘技編」など舞台が紆余曲折(時間稼ぎ??)して陸上競技に戻ってきます。そしてクライマックスのソウルオリンピックでは、これまた何故か「陸上」と「水泳」でオリンピックの舞台で戦うことになるわけです(流行りの二刀流ですね)。

 実は同作品は、1984年のロサンゼルスオリンピックでの日本陸上陣惨敗を受けて、次のソウルオリンピックでの金メダルを取る「ヒーロー」を描く漫画として連載されたそうです。ちなみにロサンゼルスオリンピックの陸上日本代表選手の成績は、メダルゼロ、入賞が4人という結果でした。
 では、実際のソウルオリンピックはどうだったか?入賞者の結果は以下の通りです。残念ながら、「怪人ヒイロ」が好影響を及ぼす結果とはなりませんでした。「YAWARAちゃん」ならぬ「ヒイロくん」が出てきたら結果は変わっていたかもしれませんね(笑)

 
ロサンゼルスオリンピック陸上入賞者
種目 選手 結果
マラソン 宋 猛 4位
やり投げ 吉田 雅美 5位
10000m 金井 豊 7位
走幅跳 臼井 淳一 7位
 
ソウルオリンピック陸上入賞者
種目 選手 結果
マラソン 宋 猛 4位
 

 次に紹介する「水泳」は、1969年~1970年に講談社の少女漫画雑誌「少女フレンド」で連載された「金メダルへのターン」という漫画です。
 ストーリーは、200m自由形の選手である主人公「速水鮎子」が、1972年のミュンヘンオリンピック出場を目指して様々なライバルとしのぎを削るという、いわゆるスポ根漫画で、1970年7月からはテレビドラマ化もされました。
 ドラマでは「飛び魚ターン」「ロケットターン」「渦巻きターン」「無呼吸泳法」「風車ピッチ泳法」などの必殺ターンや必殺泳法が登場し、特撮ヒーロー作品顔負けの仕上がりだったようで、主題歌の「金メダルへのターン!~プールに賭けた青春~」とともに、漫画よりもむしろドラマの方が有名だとも言われています。

 では、同じく当時のオリンピックでの水泳の結果はどうだったか?当時は6位までが入賞となっていますが、連載が始まる前に開催された1968年のメキシコオリンピックではメダリストが出なかったものの、4年後のミュンヘンオリンピックでは金メダル2個、銅メダル1個と躍進しました。もちろん、漫画やドラマの人気がどこまで好影響を及ぼしたかを計る術はありませんが。

 
メキシコオリンピック水泳入賞者
種目 選手 結果
男子100mバタフライ 丸山 里志 5位
男子400mメドレーリレー 田中 毅司雄
丸谷 里志
田口 信敦
岩崎 邦宏
吉田 雅美
5位
女子200m個人メドレー 西側 よしみ 5位
女子100m平泳ぎ 中川 清江 6位
女子400mリレー 川西 繁子
藤井 康子
西側 よしみ
小林 美知子
6位
 
ミュンヘンオリンピック陸上入賞者
種目 選手 結果
男子100m平泳ぎ 田口 信教 金メダル
女子100mバタフライ 青木 まゆみ 金メダル
男子200m平泳ぎ 田口 信教 銅メダル
女子200mバタフライ 浅野 典子 5位
男子400mメドレーリレー 本多 忠
駒崎 康弘
田口 信教
佐々木 二郎
6位
女子400mメドレーリレー 松村 鈴子
青木 まゆみ
山本 容子
西側 よしみ
6位
 

 最後の「体操」は、1994年~2000年に週刊少年サンデーで連載された「ガンバ!Fly high」という漫画です。
 ストーリーは、体操の初心者である主人公「藤巻駿」が中学校で「オリンピックで金メダルを取りたい」と体操部に入部。入部したのは県最下位で成績不振を理由に廃部寸前の体操部だったが、才能を開花させて、仲間やライバルたちと切磋琢磨し、2000年のシドニーオリンピックで金メダルを取るまでの軌跡を描いています。1996年7月~1997年3月には「ガンバリスト! 駿」テレビアニメ化もされました。原作はロサンゼルスオリンピックの体操金メダリスト「森末慎二」氏で、1997年には第43回小学館漫画賞少年部門を受賞しています。

 体操界は1956年のメルボルンオリンピックから1984年のロサンゼルスオリンピックまで7大会連続金メダルを獲得するなど、体操王国と呼ばれていましたが(ボイコットした1980年のモスクワオリンピックは除く)、連載開始当初の体操界は、ソウル・バルセロナオリンピックに出場した「池谷幸雄」「西川大輔」の清風コンビフィーバーも過ぎ、体操人気の低迷による競技人口の減少を招いていました。それを危惧した森末慎二氏が自らの原作による漫画を企画し、「漫画を読んだ少年たちから将来のメダリストが生まれて欲しい」との願いで連載がスタートしたとのことです。
 実際に2004年のアテネオリンピックでの男子体操団体の戦いぶりや逆転劇による金メダル獲得は、作品で描かれた展開と似ている部分があり、読者の間で「アテネオリンピックを予言している!?」と話題になったほどです。また、2012年のロンドンオリンピックと2016年のリオデジャネイロオリンピックの男子個人総合で2大会連続の金メダルを獲得した内村航平選手の愛読書としても知られています。

 では、連載開始後でテレビアニメ放送直前に開催された1996年のアトランタオリンピックと、連載が終了し物語の舞台となった2000年のシドニーオリンピックの体操の結果はどうだったのか?
 下記のように、残念ながら金メダルは獲得できなかったものの、入賞者の数は増加しました。しかし、前述したように連載終了から4年後のシドニーオリンピックでは、男子団体総合で金メダルを獲得したほか、個人競技でも銀メダル1個、銅メダル2個と躍進し、男子団体総合はシドニーオリンピック以降、4大会連続でメダルを獲得しています。
 選手の多くが同作品を読んでいたことから、まさに原作者の願い通り、漫画を読んだ少年たちがメダリストにまで成長するかたちとなり、漫画がスポーツの普及・発展に貢献する好例となりました。

 
アトランタオリンピック体操入賞者
種目 選手 結果
男子種目別あん馬 畠田 好章 5位
 
シドニーオリンピック陸上入賞者
種目 選手 結果
男子団体総合 岩井 則賢
藤田 健一
原田 睦巳
笠松 昭宏
斉藤 良宏
塚原 直也
4位
男子種目別つり輪 岩井 則賢 7位
男子種目別鉄棒 塚原 直也 8位
 

 気になった作品があればオリンピック開幕前に読んでみてはいかがでしょうか。より一層楽しめるかも?!

片岡 一豊
 
※本コラムで紹介した漫画の参考データ
タイトル 競技 五輪舞台 連載雑誌 連載時期 出版社 単行本巻数 作者
怪人ヒイロ 陸上(水泳) ソウル 週刊少年チャンピオン 1985年~1988年 秋田書店 全19巻+20巻(最終巻)のみ電子版 どおくまん
金メダルへのターン 水泳 ミュンヘン 少女フレンド 1969年~1970年 講談社 全4巻 細野みちこ、津田幸夫
ガンバ!Fly high 体操 シドニー 週刊少年サンデー 1994年~2000年 小学館 全34巻+外伝1巻 森末慎二、菊田洋之
YAWARA! 柔道 バルセロナ ビッグコミックスピリッツ 1986年~1993年 小学館 全19巻 浦沢直樹
オリンピア・キュワロス     グランドジャンプ 2018年~ 集英社 既刊5巻 ヤマザキマリ
 

関連資料:

2020 クールジャパンマーケット/オタク市場の徹底研究
https://www.yano.co.jp/market_reports/C62108100

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