近年のマンガ、音楽のオンライン配信の普及により、過去作品が若い世代に再評価されているといいます。 筆者も過去の少女マンガとその口コミを見ながら作品を楽しむことが多いのですが、今回のコラムは現代の読者の「推し」の視点から過去作品を見た時の見方の違いについての雑記です。

①『ぼくの地球を守って』 
 日渡早紀作の作品で、1986年末から1994年にかけて「花とゆめ」で連載され、1,300万部もの売上を記録し、当時社会現象にまでなったSF少女マンガ。本作のキャラクターはみな人間らしい「汚さ」を持っており、人間の独りよがりさ、偽善、嫉妬、すれ違いといった部分が主軸になるSF作品です。この作品に対するレビューを見ていて驚いたのが、「推しになるキャラクターがいない」というもの。

 「推し」とは、デジタル大辞泉(小学館)によると「他の人にすすめること。 また俗に、人にすすめたいほど気に入っている人や物」のことで、元々はアイドルグループの中で最も応援しているメンバーを意味する語「推しメン」に由来します。そこでいくと、『ぼくの地球を守って』のような人間をリアルに描いた作品は確かに、崇拝の対象ではなく、「推せない」かもしれません。
 もちろん現代にも同品のファンは多いですが、マンガの絵柄や演出だけでなく内容自体にも流行があるということを如実に感じました。

 

 

 

 

②『ガラスの仮面』
 1976年から連載が始まり、5,000万の売上を誇る未完のベストセラー。一見平凡そうな見た目の主人公、北島マヤが演劇に関する天才的な才能を見出され、ライバルと幻の演目『紅天女』を目指して成長していく物語です。
 今回、「推し」の観点から興味深いと感じたのが本作のヒーローであり、芸能事務所の若社長という立場上、陰から「あしながおじさん」のようににマヤ支える、速水真澄の評価です。本作は年齢、立場の違うマヤと真澄の恋愛物語という側面もあるのですが、一部の読者からのレビューでは度々真澄が芸能人であるマヤを「推している」という表現をされており、憧れのヒーローというよりは「推しを持つ我らの仲間」という見方をされることも多いのです。
 もちろん、作品を楽しむコミュニケーションの一環という点は否めませんが、現代の価値観で見たときに新しい見方ができるというのは作品自体の深みだと思います。

このように、少し昔に描かれた作品をレビューとともに読み返すと新しい気付きがあるのではないでしょうか。

 

 

 

 

ライター:土井輝美

関連資料:

2021 クールジャパンマーケット/オタク市場の徹底研究
https://www.yano.co.jp/market_reports/C63111100

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