弊社XビジネスグループHPにて展開する「ヤノケイ社員のオタ活コラム」に、2021年5月、早1年半前となるが、「対戦格闘ゲーム好きが実際に格闘技をやってみた」というコラムを寄稿させて頂いた。これはタイトル通り、カプコンのストリートファイターシリーズやSNKのTHE KING OF FIGHTERSシリーズなどの対戦格闘ゲームを嗜む筆者がキックボクシングジムに通い出し、そこから実際に格闘技に触れることでゲームとリアルの差異やリンクすると感じた内容を記したものであった。
あれから月日が経ち、週1~2でジムに通う日々が続いたが、去る2022年8月、ついにアマチュアキックボクシングの試合に出場してみたのであった。その日は同じジムから合計で8人が出場するという「みんなで出ようぜ!」的なちょっとしたお祭りムードもあり、筆者も一度くらいは対外的な試合を経験してみたいという気持ちから、一歩踏み出す勇気をもって試合にエントリーしたのであった。
尚、その大会で自分に最も近い階級は56.7kgだったのだが、エントリーを考え出した時点では1kg程度オーバーしていたので、人生で初めて意図的に体重を落とすという経験もすることになった。1kg程度なので簡単な食事制限と走り込み等で試合の1.5カ月前には体重をクリアしたので、それをもって正式にエントリーを行った。エントリーしておきながら体重がクリアできないとなるととても恥ずかしいし、何より人生で初めてのダイエットで本当に体重が落ちるかどうか非常に不安だったので、そこは試合に向けての減量ではなく、体重をクリアしたのを確認してからエントリーという順序を取った。
そしていざ試合当日、東京は大久保駅の程近くに存在する常設のリングがある格闘技特化型の運動施設にて、総合格闘技の試合と同時開催だったことから金網に囲まれたオクタゴンケージを舞台とし、アマチュアキックボクシング2分2R、30代最後の夏の一大イベントを体験したのであった。結果としては1-2の判定負けとなったが、人生初のリングでダウンを喫せずフルラウンド立てていられたこと、判定負けとはいえジャッジ3人中1人はこちらを支持していたことなどは、自分の中で何かしらの成果や手ごたえを感じることができた。何より、2分2Rの合計4分間という短い時間であったが、対戦相手と互いに全力で殴り殴られ、蹴り蹴られるという経験は、何物にも代え難いものとなった。
さて、筆者の経験談はここまでとし、本稿のメインテーマである対戦格闘ゲームとリアル格闘技の関係性について、試合に出た上で感じたことを述べていこう。
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ROUND1、FIGHT!
対戦格闘ゲームの金字塔「ストリートファイターⅡ」では、ラウンド開始前に「ROUND1、FIGHT!」の掛け声がかかる。他のタイトルでも、言葉は異なるが概ねラウンド開始前コールは踏襲されている。これ自体はゲームもリアル格闘技も同じなのだが、やはりこの掛け声がかかるとテンションが異様に上がってくる。オクタゴンケージの中でレフェリーによるこの掛け声がかかった時は、ストリートファイターⅡの対戦画面の中に自分がキャラクターとして立つ映像が脳裏に浮かんだ。同作の経験者は、ラウンドコールのあの声が耳に蘇るのではないだろうか。その瞬間、初めてのリングで緊張気味だった気持ちからスイッチが切り替わり、一気に戦うモードへと変容した。「ROUND1、FIGHT!」の掛け声は、人を闘争に駆り立てる魔法の言葉なのだ。それはゲームでもリアルでも何ら変わりはなかった。
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ゲージMAX
対戦格闘ゲームには、キャラクターの残り体力を表すライフゲージがあり、攻撃を当てることで相手のゲージ残量を減らしゼロにすることで勝利となるが、この他にもゲージが存在しており、技を出す、当てる、防御することなどでゲージが溜まっていき、ゲージが最大(MAX)になると様々な恩恵が受けられるというシステムが古くから実装されている。
最も古いものではSNKの「龍虎の拳」における気力ゲージが代表的だろう。体力だけでなく気力を可視化し、気力ゲージの溜まり具合=気力の充実度合とすることで、いわゆる気功を活用した飛び道具などの必殺技の使用可否をシステム化したものであった。龍虎の拳における気力ゲージシステムを皮切りに他のタイトルにも実装が進み、必殺技よりもさらに強力な超必殺技の使用にはゲージが最大であることが条件となっていたり、またゲージ最大時は攻撃力がアップするなど、総じて試合経過の中で攻防に変化をもたらすシステムとなっている。
このゲージが最大に溜まっていることを俗に「ゲージMAX」と呼んだりするが、これは前述の通りそのまま気力の充実度とすることができるだろう。リアル格闘技では波動拳のような気功技や飛び道具を駆使することはないが、単にパンチやキックを繰り出すだけでも、体力だけでなく気力を消費する。気力が込もっていない攻撃は相手には通じないのだ。
筆者は試合中、人生で経験したことのないアドレナリン量が分泌されている感覚を覚えたが、これこそが格闘ゲームにおけるゲージMAX状態なのかと感じた。体力以外に漲る何か。リング上での筆者には、体力と気力、2本のゲージが確かに存在していた。しかし、気力ゲージを使用して超必殺技を放ち、勝利を収めることはついに適わなかった。都合よく超必殺技があるわけではないのが現実だ。
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気絶(ピヨり)
格闘ゲームにおける気絶とは、連続攻撃や強力な攻撃を受けダメージが蓄積し、ダウン状態から起き上がったものの、一定時間操作を受け付けなくなる状況のことである。ストリートファイターⅡにおいては、この気絶中はキャラクターが虚ろな表情でフラフラとした動きを取り、頭上にヒヨコが飛び回り「ピヨピヨ」という鳴き声が聞こえたことから俗に「ピヨり」「ピヨる」と言われている。この瞬間は操作を受け付けないためガード等ができず、相手の攻撃を直に受けてしまいやすい大きな隙となる。
これは格闘技におけるグロッキー状態を表現しており、多くの格闘ゲームに採用されているシステムであるが、筆者も試合の中で相手から「ピヨり」級のクリーンヒットを何度か受けた。興奮状態であるためある程度は耐えたものの、中にはダウン寸前まで追い込まれた一撃もあった。
その感覚はよく例えに出される言葉であるが、まさしく「頭の中でガラクタ箱をひっくり返したような感覚」であり、とにかくドンガラガッシャと頭の中がかき回され、思考回路が狂い視界が大きく振り回される感覚に襲われた。頭上にヒヨコが飛ぶことはなかったが、まさに格闘ゲームの「ピヨり」状態そのものであると言えた。セコンドも攻撃が効いたことを察してか、その瞬間に「まだ倒れるな、耐えろ!」という声が飛んだことで、辛うじて意識を保ちダウンを免れたのであった。それがなければマットに伏していたであろう。格闘ゲームではないが、あしたのジョーにおける「立て!立つんだジョー!」の効果は大きいのである。
以上のように、試合の開始、試合中の様子、そしてダメージについて、ゲームとリアルでリンクするのではないかという点や、ゲームシステムとしての表現でリアルと重なる部分を、実際に試合を経験した中で感じたことを挙げてみた。こうしてみると、格闘ゲームはゲームである以上リアルと比べると荒唐無稽な表現は多いものの、しっかりとリアルを踏襲している部分もあると感じる。開発時には実際の格闘技経験者にそうした体験談や情報を集めたのか気になるところだ。
筆者がキックボクシングのジムに通いだしたのは、コロナ禍により週末の予定が空くようになったことや運動不足解消、また格闘ゲームや格闘技好きが高じて実際に体験してみたくなったことが発端だったが、幸いにも2年近く経った今も続けており、本稿を書くきっかけにもなったアマチュアの試合を経験するまでに至った。これからも、格闘技は見る側の立場だった者が実際にやってみたらどうなのかという視点を絡めつつ、今後も鍛錬を続けていきたい。
極めろ!道、悟れよ!我
横山秀彰