乗り鉄の生命線「青春18きっぷ」の衝撃的な改悪
乗り鉄(鉄道に乗ることが生きがいのオタク=私)にとって不可欠な存在が「青春18きっぷ」である。これはJR全線の普通・快速列車が5日間乗り放題という夢のような切符で、特にちょっと遠くの田舎を訪れる長距離の旅には最適だった。
しかし、コロナ禍で販売が一時中止された後、ようやく復活した2024年冬にその制度が改悪されてしまった。変更内容は以下の通り:
- 有効期間中の任意の5日間利用 → 連続する5日間のみ利用可(連続3日間のも販売)
- 1枚の切符を複数人で共有可 → 1人でのみ使用可
この変更は多くのユーザーから強い反発を受けた。結果、2023年度には62万枚販売されていた青春18きっぷが、2024年度は41万枚に。販売が約3分の2にまで減少したのである。
きっぷの制度変更が経済を直撃!?
青春18きっぷの制度変更の影響は乗り鉄の楽しみを奪うだけに留まらず、経済的な損出をも発生させた。長距離ローカル線の乗降客は、乗り換え待ちの時間に、駅周辺で食事や買い物をしたり、観光施設に立ち寄ったり、更には宿泊することもある。特に以下のような乗り換えのハブ駅は影響が大きい。
- 東北本線:黒磯駅、新白河駅
- 東海道線:豊橋駅、大垣駅
私の試算によれば、青春18きっぷの販売減少(▲20万枚)は、JRの収入で20億円以上の損失、さらに地方の飲食・小売・観光施設への影響を含めると33億円。合計53億円のダメージが全国に及んだ可能性がある。
減ったのは金と鉄道ファンだけではない!
「青春18きっぷ」を使って休日に鉄道旅行をする人が10万人規模で減ったことは、単なる鉄道ファンの減少と駅周辺の経済損出だけでは済まされない。
移動手段が鉄道からマイカーに切り替われば、渋滞の悪化を招く。また、出かけること自体をやめてしまえば、人々の健康維持にもマイナスとなる。(鉄道旅行は、歩行や外出を伴う活動であり、一定の運動量を含んでいる)青春18きっぷの改悪は、このように、社会環境にまで影響を及ぼしたのである。
どうしてそんな突飛とも受け取れることが言えるのか?「お得な鉄道パス」が社会全体にポジティブな影響をもたらした国、ドイツの事例からそれが言えるのである。
ドイツ版「青春18きっぷ」が社会を変革
ドイツでは1990年代半ばから「Shoenes Wochenende Karte(直訳:素晴らしい週末チケット)」が、政府の肝入りでドイツ国鉄から売り出された。内容は以下の通り:
- ドイツ国鉄の全路線(特急を除く)が週末2日間乗り放題(しかも5名まで利用可)
- 価格は当時のレートで約1200円(5名で使ってもこの料金!!)
この殆どタダ同然とも言えるような激安切符により、マイカーから鉄道への人流のシフトが起き、週末の道路渋滞が緩和。通勤需要の少ない週末の鉄道の乗車率が増え、田舎町の鉄道駅周辺の人流も激増、鉄道会社にとっても、乗降客の少ない都市にも大きな経済的恩恵をもたらし、車に頼り過ぎた人々の健康回復、排ガスによる環境汚染の緩和・・と良いことずくめの効果をもたらしたのである。想定外の副作用が発生するまでは・・・。
チケットが生んだ「想定外の副作用」
日本は「青春18きっぷ」を改悪ではなく、ドイツを見習い、もっと値下げして改良すべきであった!・・・と言いたいところであったが、ドイツ版青春18きっぷには、その後、思わぬ副作用があったことも指摘しなければならない。お金とおウチのない方たち(つまりホームレスの方)が、週末だけ切符を購入して車内で終日過ごすという現象が起きたのである。列車の座席のほうが暖かく、シートのひじ掛けを畳めば横になって眠ることもでき、何より誰かに襲われる心配がないからだ。
ということで、週末になると、ホームレスの方たちがドイツの隅々にまで集団で大移動するという事態に発展し、列車で週末旅行を楽しんでいた旅行者から、車内が臭い、物乞いされる、等、苦情が殺到、ついには、「やっぱり週末はマイカーが良いね」ということで、週末は鉄道をむしろ避けるといった反作用を惹起してしまった。
ドイツはやめた、日本はどうする?
ドイツ版「青春18きっぷ」は、その後、料金の値上げや、同乗者人数の変更等の制度変更を経て、コロナ禍が発生する前の2019年に、とうとう廃止されてしまった。副作用は強烈であったが、渋滞緩和、過疎地の経済活性化、人々の身体的、精神的健康の増進といった効果をもたらした点で、社会問題の解決策として有力な手段であったこともまた事実である。
日本は、「青春18きっぷ」をJRと乗り鉄の問題に矮小化せず、渋滞緩和、地域復興、社会福祉問題として、より良い制度を考えて頂きたい。
ということで本日のコラムの趣旨:
「乗り鉄」視点で、日本の経済と社会問題に一石を投じた(かのうような)コラムでした~。また、お会いしましょう。
矢野経済研究所 松島
関連資料:
2025 クールジャパンマーケット/オタク市場の徹底研究 ~市場分析編~
https://www.yano.co.jp/market_reports/C67111100