イロモノ鉄道「銚子電鉄」

いきなりだが、銚子電鉄という会社をご存知だろうか。知らない人も多いかもしれない。それでは「ぬれ煎餅のアレ」といえば、「あぁ!」と思い出す人も多いだろう。そう、地方鉄道のイロモノ的存在、あの銚子鉄道である。同社は名前のとおり鉄道会社であるのだが、企業情報データベースの東京商工リサーチで会社概要を確認すると、

「銚子電気鉄道株式会社(千葉県銚子市):ビスケット類・干菓子製造業」

となっている。商工のデータベースがおかしくなったわけではない。銚子「電気鉄道」株式会社の「主業種」は「ビスケット類・干菓子製造業」なのである。Xビジネス魂がうずうずする企業である。
企業情報を調べると実際、営業種目の割合が「食品事業:80% 鉄道事業:20%」となっている。業績推移でいうと、

銚子電気鉄道株式会社 業績推移

となっており、少なくとも純利益においては回復の芽を見せている。(2016年の売上高は公表していないが)
赤字であった2006年当時、突如、同社のWebページに「車両検査費用1000の万円ために『ぬれせんべい』を買って下さい!」のコピーが現れた。鉄道会社で煎餅の販売、しかも赤字解消のための策というインパクトもあり、この話題は「2ちゃんねる」やSNSの「mixi」など、ネットを中心に急速に拡散された。その結果、10枚入りで800円の「ぬれせんべい」が2週間で1万件の注文を受けることとなり、生産能力の限界を超えてしまうほどの大盛況となった。
この事例はネットを中心とした口コミの威力を世に知らしめることとなり、同時に経済効果を生むことにもなった。実際に翌年2月の連休には全車両が終日満員となっている。

既存のメディアや手法にない、この成功事例で同社にイロモノの勢いがついたのか、「ぬれせんべい」騒動は同社の革新的な広告宣伝を産むことになった。地方鉄道会社の企業コラボの「はしり」として、2003年にゲームソフト会社のハドソンの「桃太郎電鉄」とのコラボを行っている。銚子鉄道側では「桃鉄」のラッピング車両を走らせており、ハドソンから発売されたゲームソフトの「桃鉄」では、逆にゲームのなかで、銚子電鉄の10駅をいちばん遅くゴールした人が勝ちという「潮風のんびり銚子電鉄レース」が収録されている。
今では怖いものがなくなったのか、様々なイロモノ企画を実施するまでに至り、クリスマスやバレンタインには、とても鉄道車両とは思えない妖しい装飾の車両も走る。

さらには「走る電車『お化け屋敷』神隠しの花嫁~呪いのブーケ」を今年も開催予定である。4月に開催した「銚子電鉄×DDTプロレスリング 電車プロレス」に至っては、もはや鉄道会社としての存在意義すら疑われる(いいぞもっとやれ)。

同社の経営方針によるイベントはファン・支援者の心をしっかり掴んでおり、2014年1月に脱線した車両の修繕費用として、「クラウドファンディング」を呼びかけて、500万円を集めてもいる。

「ここには何もないがあります。」

これまた清々しいほど開き直っているのはいすみ鉄道(千葉県夷隅郡大多喜町)である。同社は第三セクター化されて以降、長年にわたって赤字経営が続いており、2006年度には約1億2700万円の赤字を出している。千葉県をはじめとする地元自治体によって「いすみ鉄道再生会議」が結成され、「2008年からの2年間は再生の検証期間として鉄道を存続させるが、2009年度決算でも収支の改善見込みが立たない場合は、鉄道の廃止も検討する」ことが取り決められた。そして経営立て直しのために2007年に社長を一般公募した経緯があるという、崖っぷちに立たされていた地方鉄道会社であった。
同社も他の地方鉄道と同じく、煎餅の「い鉄揚げ」や「房総のけむり饅頭」を販売しており、コラボとしては2009年からムーミンのラッピングの列車を運行している。各駅に直営店を開店、Webページでのショップも開設した。
いすみ鉄道の名前を全国に知らしめたのは、2010年の「運転士公募」である。車両の運転士になるための訓練費700万円を自己負担することを条件に、列車運転免許を取得できるという運転士採用に対し、40代と50代の男性4名が同社に採用された。採用者は国土交通省の「動力車操縦資格試験」に合格しており、この一連の内容を題材とした「菜の花ラインに乗りかえて」というテレビドラマが2014年にNHKで制作された。

いすみ鉄道のポスターのキャッチコピーは、「ここには何もないがあります。」である。まだまだ可能性を秘めているようで、着実な企画として2013年には急行車内で「キハカレー」(キハ28ビーフ味)を食べるという「カレー列車」を運転している。また今年の4月には「いすみ鉄道まつり」を開催し、主催者発表で約3000人を集客した。同社の企画は「いすみ鉄道応援団」をはじめとする、鉄道会社とファンとの一体化によって支えられている。

じつは真面目なイロモノ:塗ったモノ勝ち「ピンクSL」

若狭鉄道(鳥取県八頭郡)は、全県人口(2017年4月の県集計:565,936人)が東京23区の世田谷区の人口(2017年4月の区集計:896,057人)よりも少ない鳥取県で、旧国鉄特定地方交通線の若桜線を引き継いで運営している、鳥取県などが出資する第三セクター方式の鉄道会社である。他地域の地方鉄道会社の例に漏れず、赤字経営~社長公募の経緯がある。
だが他地域以上に特筆すべきは、鉄道会社と行政と地域住民の「やってみよう」という実験精神、それも「社会実験」を行った点である。若桜鉄道が行政と地域住民と一体となって経済効果の実験と測定に取り組んだのだ。そんななかで生まれたのが、日本で最初と言われている「撮り鉄ビジネス」である。撮影対象となるSL機関車の復活、私有地にかかる撮影スポットの確保、そのスポットを有料化すること、交通規制における警察の協力、河川敷や道路管理などの行政の協力が必要になる企画である。それら行政の実施判断の決め手になったのは、何より該当地域の住民の理解であった。

2015年4月に行われた復活SL撮影会イベントは、結果として成功を収めた。1万人の目標に対して来場者1万3468人、沿線店舗の売上金額は1805万円と発表された。さらに全国報道されたことで、広告費換算で4745万円の効果があったという。
若桜鉄道はこのSLイベントの成功に味を占めたのか、行政と一体となった「『恋の日』プロジェクト企画」で、SL機関車を今度はあろうことかピンク色にペイントしてトロッコ車両を引かせている。鳥取では2016年から毎年、5月1日を恋の日として、同プロジェクト企画を実施している。(ピンク色のルーのカレーまで販売している。旨かったが。。)

遠方地域ほど開き直れ!

各地方鉄道の「立地」を比較すると、「都心・大都市から日帰り」な立地条件にある第三セクター鉄道のほうが、やはり有利であると思われることだろう。だがしかし逆転の発想で、来場者が「遠くて日帰りできない」地域にこそ、少なくともひとつのメリットが存在する。それは宿泊である。

若桜鉄道の例でいうと、経済効果を測定したところ、割合でいうと県外からの宿泊客が支払った金額が全体の77%、さらにそのなかの支出割合の47%が宿泊費となっている。宿泊来場者の平均消費金額は\11,891、宿泊しなかった来場者の平均消費金額は\791と、実に15倍もの差が生じている(若桜鉄道社長著書「希望のレール」より)。「都心・大都市から日帰り」でない地域は、「泊まらせればデカい!」のである。素泊まりを加味した場合その地域での外食と、宿泊日前後の「ついで観光」の経済効果も見込むことができる。ここに、注力する対象・ビジネスモデルの一例を見出すことができる。

Xビジネス視点での地方鉄道運営のポイントは、「収益予測に裏打ちされたイロモノ企画」と「行政の理解と指導力」、そして何より「地域の住民力」である。開き直るだけではなく、実(行)力が必要なのである。
若桜鉄道が運行する地域では、地元以外の人が訪れると「どこから来た?」と気軽に声をかけて、夏はスイカをふるまったり、「鍋でも食べるか?」といきなり鍋の支度をはじめて一緒に外で食べ始めたりすることもあるとのこと。すべての企画の根底にはこの「おもてなしの心」が存在しているのである。


Xビジネス調査チームとしては、今後、地方鉄道会社に呼びかけて「地方鉄道サミット」を開催し、企業やクラウドファンディングでの協賛とともに全国でリレー形式に「開き直って」もらいたいと考えている。鉄道の車両でプロレスができて歌舞伎公演ができないはずがない。動物駅長はもうあたりまえ、全駅の駅長を犬猫にするべきである。そこには保健所で殺処分されかけている犬猫たちを登用していくのだ。そしてアイドル化してお茶会を開催しよう。いっそ鉄道車両内開催用のスポーツ・競技を作ってしまおう。そして各地方鉄道路線を会場として全国大会を開催するのである。

(依藤 慎司)